Wildness in Tokyo - 都会の野生性 -

東京という都市で、その主体はどう連続し、あるいはどう孤立しているのか。

独創的な視点によって写真作品への思考を加速させる写真家・伊丹豪が、いまという時代の軌跡を示します。

 
 

「Wildness in Tokyo」

まずはwildnessを辞書で引く。

’野生、荒廃、無謀’ と書いてある。

今度は「野生」を調べてみる。

1 動植物が自然に山野で生育すること。

2 人が教育などによって整えられたりせず自然のままの状態で育つこと。

東京に来て20年が経つが、野生を感じたことはあるだろうか。

手付かずの、そのままというよりは、手を入れられ、そのまま放置されたようなもの、そして、もっと言えばその手を入れている状態そのものが、もはや東京においては野生なのではないかと調べていて思った。

仮にそう定義してみると、自分が撮っているものはおろか、東京で撮られた写真はほぼ野生へとフォーカスされているということになる。

幸い ’野生’ の他に ’荒廃’ という意味を含んでいるようで、妙に納得できる。

そしてご丁寧にもう一つの意味は ’無謀’ であった。


生まれ育った場所に野生はあっただろうか。

過去に見たあの海は野生だったのだろうか。

あのとき食べたサーモンの味は野生だっただろうか。

’野生’ という言葉の響きからは程遠いこの東京で、未知の ’野生’ へと、今日もカメラを持つ。

文・写真:伊丹 豪

東京の標本SIRI SIRI